朝。清々しい陽気に目が覚めた。
窓の外は雲一つ無い青空。
今日はいい天気になる。そう思った。
影勇「今日は傘を持って行きなさい」
父、影勇(かげいさ)は公務員。厳格でとにかく厳しい人だった。
それなのに、たまにこんなことを言うのだ。
加世「わかった」
私は素直に頷いた。
テレビも新聞も、今日は一日中快晴。しかも明日も明後日も晴れ。
影紳「何で?」
伊津「今日晴れだよぉ?」
中学生の弟の影紳(えいしん)も、その下の小学生の妹の伊津(いつ)も、不思議そうな顔をしていた。
加世「持って行った方がいいよ。秀兄さんも」
影秀「僕はいつも持っていってるよ」
一番上の大学生、影秀(かげひで)兄さんはカバンから折り畳み傘を見せてきた。
影紳「雨降ったら走る!」
伊津「わ、私も!私も!」
加世「ダーメ」
私はそのまま外へ出ようとする二人を呼び止めた。
加世「紳はいつもそうやってびしょ濡れで帰ってくるんだから。伊津も、紳のマネしちゃダメよ」
影紳「しょうがないなぁ」
伊津「うん。しょうがないね」
渋々傘を持っていく二人。それでも素直に言う事を聞いてくれる二人が私は好きだ。
さて、私も行かなくちゃ。通学路は二人よりも遠いから。
好子「加世。お弁当忘れてるわよ?」
加世「あぁ。傘ばかり気にしてて忘れてた。二人とも持っていってくれたからいいけどね」
母、好子(よしこ)からお弁当箱を受け取った。
お母さんは食堂を経営している。だから、お弁当はいつも美味しい。
加世「いってきます」
お弁当箱をカバンに押し込みながら、玄関の戸を開けた。
好子「最近、明るくなったわねぇ。好きな子でもできたのかしら?」
こけけっ!!
私は玄関につまずいて突っ伏してしまった。
好子「あら、嬉しい反応ねぇ。フフフッ」
加世「う、嬉しくない!」
なぜか嬉しそうに微笑む母。こういうひょうきんな所もあるのだ母は。
加世「いい、いないから! そんなの!!」
私はそれだけ叫んで家から出た。
なぜだか学校に行きたくなくなってしまった……。
徳規「おはよう加世さん。あのさ、今日面白い夢みたんだ。俺が道を歩いてると加世さんが~」
それは朝。靴箱の前で。
ヒソ……
徳規「隣のクラスに太田宏人(おおたひろと)っているじゃん。あいつとテレビのUFO特集見ててさ~」
それは朝のHRが始まる前に。
ヒソヒソ……
徳規「加世さんは甘いもの好き? 最近できた『Catnap』って喫茶店のパフェが評判でね~」
それは休み時間の合間に。
ヒソヒソヒソ……
徳規「美味しそう! それと俺のつぶつぶチーズ入りウィンナーと交換しない? これはトッテオキで~」
それは昼休みの時に。
ヒソヒソヒソヒソ……
――霊よりも鬱陶しいものがあるとは思わなかったわ。
徳規「あ~終わった終わった。加世さんこれから用事とかある?」
それは放課後。まだ教室に大半のクラスメイトが残っている時に。
今までのヒソヒソ声が完全に耳に入っていた。
男子A「やっぱり、そうなのかな?」
女子A「付き合ってる?ねぇ、付き合ってる?」
女子B「うそでしょ。釣り合い取れてないよね」
男子B「凸凹カップルってよくいるだろ」
男子C「俺だったら近づけないけどなぁ」
女子C「呪われたくないよね~」
……やっぱり。こういう誤解を気にしていたのだ私は。
私は徳規くんにチョイチョイと指を動かして耳を傾けさせると、彼にしか聞こえない声で言った。
加世「あんたねぇ。少しは場所を選びなさいよ」
徳規「えぇ? あ、あー……また校舎裏の方がよかった?」
と、まったく声量を絞らずにケロっと言う彼。
ざわざわっ……!
その一言で、教室内がざわつき、一瞬のうちに静まり返った。
徳規「ん? なんだろ。この静けさ?」
……この男、何にも分かってない。
しかしここで彼にどうこうしようものならまた誤解を受けるかもしれない。
私は何も言わず立ち上がった。
徳規「あれ? 加世さん?」
彼を無視して歩き出し、教室を出た。
それを待っていたかのように教室内が再びざわついていた。
何を話しているのかは想像できるけれど、私は気にせず帰ることにした。
廊下を歩いていると、窓にポツポツと水が垂れていた。
お父さんの言うとおり、雨が降ってきたのだ。それも、だんだんと強くなっている。
予言なのかなんのか。それでもそういった類のことは口にしないお父さん。
少なからず、私にもその何かしらなモノを知る術を受け継いでいる。
誰もいない廊下で、私は窓の外を見ていた。
幽霊が見えることよりも、そのことで人から変な目で見られることの方が嫌だった。
そして霊感は歳を重ねる毎に強くなり、見えない何かが私を襲うようになった。
体調の急激な悪化もそのせいだ。感じないものを感じる影響だろうか。
加世「こんなモノ……霊なんて見えなきゃいいのに……」
そう呟いた時、フッと廊下の明かりが消えた。
そこで私は気が付いた。まるで導かれるように、この廊下には私以外いなかった。
完全に人がいない、なんてありえるだろうか。
今日はたまたま雨が降って暗がりになり、たまたまそんな中に私が通り、なぜか他の生徒や先生は気まぐれからか何となくか、ここにはいないのだ。
その“なんとなく”を装って、私はここに導かれたらしい。
霊感の無い人間も少なからずそういうものを感じることができる。ただ、ハッキリとしていないだけ。
どこかの霊が“なんとなく”という意思を持たせて導いた結果がコレだ。
昨日、襲ってきた霊か。そうとう執念深い存在らしい。
私が見えると知り、生前の自分の意見を押し付けようとしたのだろう。
もっとも、そういう輩は自分が死んでいることにも気付いていないのだが……。
生憎と、特に学校ではそういう霊は無視するようにしている。余程の強力な霊で無い限りは。
一瞬、私の瞳に黒いモヤモヤが移りこんだ。
ソレは廊下の先でいびつにうごめくと、人の形を成そうとしていた。
波動と表現していいものか、ソレから発せられる何かはとても弱弱しいものだった。
これなら、道具も何も必要ない。
ソレがゆっくりと私の方を見たと感じると、私はソレを睨んだ。
加世「どこかへ行きなさい!話すことなど何も無い!何も聞かない!」
私の言葉を聞いて、人の形を成そうとしたソレは再びモヤモヤとしたモノに戻っていった。
私はソレが見えるから、私の声は届く。
霊的なチカラではなく、私はただ彼ら霊的なものと疎通しているだけ。
人に言わせればチャンネルが合っているというものらしい。他の人は霊と疎通するチャンネルを持たないが、私は持っている。だから見ることも聞くこともできるのだそうだ。
モヤモヤとした霊がその場からうっすらと消えると、私はホッと胸を撫で下ろした。
――それがいけなかった。
後ろを振り返るとあと少しで手が届く所に、見るのも嫌になるほど邪悪な雰囲気を持つ霊がいた。
昨日、私に突っかかってきたヤツだろう。感じ方がとても近い。
さっきの霊はこいつの持つ波動にフラフラと呼び寄せられただけなのだろう。
この薄暗い廊下に、私一人を呼び寄せたのはこいつだ。
この霊は手をハッキリと私に見せつけ、こちらに伸ばしてきた。
逃げればいい。イチイチ相手などしなくていい。
そう分かっているはずなのに、私の足は鈍く、上手く動かせなくなっていた。
――動けない。
そう思ってしまったが最後。足だけでなく体や手も、呼吸さえおぼつかなくなっていた。
加世「ハッ、ハッ、ハァ……」
そして魅せられたように、霊から浮かび上がる顔を見ることしかできなかった。
霊の手が私の肩に触れた。
加世「――イヤッ!」
身をよじることさえできない。
このままではいけない。そう思った時、空気が変わった。
徳規「あ、加世さん! 良かったぁ~まだ帰ってなくて」
(挿絵:文さん
Catnap)
ドンッ!という音は聞こえなかったが、見ていた私にはそう聞こえるようだった。
あろうことか、彼は私を苦しめていた霊を押しのけ、私の前に立っているのだ。
ぶつけられた霊は驚いた顔をして私の前にいる徳規くんを見ていた。
いや、霊も彼をハッキリとらえられていない。
私が霊をハッキリ見えるからこそ、私も霊も見たり言葉を交わしたりできるのだが、逆に彼はまったくそういう感性が無い。だから、霊の方も気付かなかったのだ。
普通、そういうことはありえない。見えない人でも霊の影響は何らかのカタチで受けるものだし、彼自信も目の前の霊以外に何かされたことは気付かないうちにあるはず。
昨日、彼が言ったとおり、“零感”というのはあながち間違いではないのかもしれない。
きっと、彼とこの霊を結ぶチャンネルが限りなく薄いものなのだろう。
まさか霊感を持たない者が霊を押し退けるとは思わなかった。
霊にしてみれば、逆に向こうが見えない壁を見ている気分だと思う。
ありえないモノとされる霊が、ありえない彼の零感に気分を害したらしく、霊はその場から消えた。
薄暗かった廊下に、チカチカッと音を立てて蛍光灯が明かりを取り戻した。
徳規「あれ? 電気ついてなかったんだ」
零感にも程がある。しかし、彼の鈍さ……いや、零感に助けられたのは事実。
加世「……ありがと」
彼に聞こえるかどうかわからない声で私は呟いた。
徳規「え?」
お礼はしないと気がすまない。
けど、霊を追い払ってくれてありがとう、なんて……恥ずかしくて言えない。
徳規「なになに?」
加世「な、なんでもない!それより、何か用なの?」
徳規「うん。実はさぁ――」
なんとか話を誤魔化してみたのだが、さすがは零感男。すんなり誤魔化されてくれた。
徳規「ほら、雨降ってきたから。加世さん、傘持ってるかな~って」
加世「持ってるわよ。私より、キミが持ってる方が不思議」
徳規「いやぁ~。俺、よく学校にモノ忘れるからさ」
なぜか頭をかきながら照れる彼。
少し得意げに感じられるのは……なぜ?
加世「私はちゃんと持ってきてるわよ」
徳規「へぇ~。それも霊感?」
私はカバンの中から折り畳み傘を探した。
加世「そんなわけないでしょ。――って、あれ?」
カバンの中をいくら探しても傘は無かった。
忘れたはずはない。今朝、ちゃんとカバンに入れて家を出たはず。
その前にお母さんに呼び止められて、お弁当を受け取った時にカバンを開けて、その時も確認してる。
それからお母さんに変なこと言われて――――あぁっ!
加世「あの時、かなぁ~」
私は転んだことを思い出した。その前にカバンを閉めた記憶が無い。可能性はある。
徳規「無いの?」
加世「う、うん……」
徳規「じゃあ家まで送るよ」
嬉しそうにそう言って笑う彼を見て、なんだか恥ずかしくなってしまった。
加世「うん。じゃあ、お言葉に甘えて――――あ」
今朝のお母さんの言葉を思い出した。
好子「好きな子でもできたのかしら」
お母さんは家の一角で食堂を開いている。家に帰れば間違いなく徳規くんを見られてしまう。
そんなことになればあのお母さんの事、きっと誤解されるにきまっている!
加世「や、やっぱり止めておくわ! 走って帰る!」
徳規「え? 濡れるよ!?」
加世「いい! いいの!」
徳規「ダメだって! この傘大きいから大丈夫だよ」
加世「そ、そういう問題じゃないのー!」
私は彼から逃げ出し、彼は私を追った。
他の生徒たちを前にして、意図しない私たちの追いかけっこは校門まで続くのだった。
次の日。クラスのみんなが私たちのことをどんな目で見たかは、言うまでも無い……。
というわけで二話目です。
これ書いてる時が正に大雨で雷ゴロゴロ。書き手の雰囲気だけバッチシなのはどういうことだろうww
今回は加世の家族構成を明かしてみました。
と言っても、加世のモデルが叔母なので、そのまま祖父母、叔父、父、叔母にあたりますw
しかし、零感で追っ払う以外は何も構成立てずに書いちゃいましたけど、意外となんとかなるもんだ(コラ)
『霊感少女と零感少年。』でカテゴリ分けるか、サイトで本書きするか、迷ってます。
とりあえずは、これまでどおり「その他・小ねた・ブログ小説」のカテゴリに入れておきますね。
次があれば……次も書きましょうwあればねw
無題
どこかのラノベにありそうな雰囲気。
読みました!
なるほど・・・ グイグイ引き込まれました。
チャンネルの例えは、なるほどと思いますね。
理解出来ました。
しかし、零感というのもすごいですね・・・
あぁ、そうくるか! と思いましたw
あり得無さ過ぎてあり得た。 そういう事ですね。
完全に付き合ってるよこの二人!w
だむい
ホントにお気に入りです^^
>チャンネル
これもうちの叔母の受け売りなんですがね^^;
霊感に関わらず敏感な人もふいにチャンネル合わさっちゃって体験することもあるのだとか。
>あり得無さ過ぎてあり得た
テーマが霊感なだけにどこまでそれを通用させていくかが悩みどころでした。
しかし零感の方を生かすとしたらこれかなぁと。
霊に何かすることはほぼできないクセに、霊からの影響を全く受けつけない。ある種の最強の盾ですねw
たぶん怨霊500人入ってる部屋に入れられても寒気一つしないタイプかとw
感想ありがとうございましたー!